【御礼】3.11キヲクのキロク、そしてイマ。2024巡回パネル展~長崎が、長崎と、長崎でつながる311~

地震に縁遠い“長崎”で、でも祈り想いを馳せることの意義を知る“長崎”が、2011年から13年の月日を市民それぞれの“自分軸”に寄せてふれていただけたことを実感した一週間でした。

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会場に寄せられたアンケートの中より、一部をご紹介します。

●地震から時間は経ちましたが、あの時、自分は何をしていたか鮮明に覚えています。まだまだ復興までの時間はかかると思いますが、毎年思い出し忘れないようにしないといけないと思いました。(佐世保市/40代)

 

●東日本大震災から5年ほどして仙台へ行きました。空港から電車でしばらく行くと新興住宅地が広がり「もう復興した?」と錯覚しました。ある一面だけを切り取って全体をわかったような気になってしまう怖さを感じました。こうして定点撮影等を知る機会を通して、当時からの時間の流れと共に生活、ひとの息遣いを感じることで、身近に感じることができました。定点撮影大変でしょうが、これからもがんばってください!(長崎市/50代)

 

●当時、高校生だったころを思い出しました。正直あまり現地の状況を知らなかったので、良い機会になりました。ありがとうございました。(長崎市/20代)

 

●地元のことが移住した地で知ってもらえる機会があるのはとても嬉しいですし、私自身の励みにもなります。本当にありがとうございます。(長崎市/30代)

 

●宮城の市内がこんなにひどかったことを知らずに、とても恥ずかしくなりました。4歳の子どもに伝えていけるように私も勉強したいと思います。今の日常が見られて本当に良かったです。(長崎市/40代) (4歳)車が建物の上にあった!

 

●3月11日に起こった東日本大震災で被害にあった方の声や写真を見て、改めて心苦しい気持ちになりました。今回のパネル展を通して自分たちがこれからの未来につなげられたらと思います。(大村市/10代)

 

●年に一度でも、自分ならどうする?長崎ならどうする?と考える機会が必要だと思います。ありがとうございます。(長崎市/50代)

 

●現在は長崎在住。福島で被災した者です。仙台空港は早く復旧し、郷里に避難できました。少し忘れかけていた時に展示のことを知り、代表者さまと同じ歳、誕生日も原爆投下日ですので、見過ごさず原爆投下のことも心に留めたいと思っております。(長崎市/50代)

 

●(6歳)つなみでふねがながされてきたしゃしんがびっくりした。

 

●宮城に親族がいる者です。当時、大震災の時から通信が通じないことなどで実情が分からず耐えられない想いで過ごしましたが、こうして記録として整理されているのを見てその時のあり様が実感し、想像以上に大変な中で頑張ってきたんだなと胸が熱くなりました。いつどこで誰が出会うかもしれない災害などに対して、いろいろなことを学びました。記録で事実を理解し、どう日常生活の中で活かしていけばいいのか?など参考になりました。企画され実務で記録を定所からのパネルで違いが理解でき、多くの人に知って欲しいです。当たり前の生活に慣れきっている私たちに地球規模で考えてみることも、次世代の為にも必要ではないかとおもいました。今の世が当たり前でないことも。もっともっと一般の方にも知ってもらいたい。79年前の長崎の事実も(人災と天災)を感じます。(長崎市/80代)

 

●テレビやエンターネットなどで見た光景ではなく、定点カメラでの復興の様子や「私の3.11」で世代の違う方々の生の声や想いを知ることができ、来てよかったと本当に思いました。私も何かできるはずダと強く思いました。(大村市/50代)

 

●自分は親戚が熊本や大阪にいて、震災のことは何度か聞いたことがあったけど、今回お話を聞いて、今まで知らなかった情報を知ることができた。特に、震災の時の一般の方の生活を知る機会は少ないので勉強になった。(長崎市/10代)

 

●長崎で展示する意義を感じました。(長崎市/60代)

 

●今まであまり東日本大震災について知っていませんでした。ですが今回の巡回パネル展をみて震災時の状況や震災してから数年経った状況を初めて知ることができました。(長崎市/10代)

 

●長崎には幕末の子写真が多数あり写真に写っている山並みでどこかだいたいわかります。今回の大震災の定点写真も同じく100年後の人たちがどこかわかると思います。ありがとうございました。(長崎市/70代)

 

●定点写真を見て、被災してから戻る迄にはたくさんの時間が必要で、津波などで土地が上がってしまい場所が分からなくなると聞いて、その場所を探すことがすごく大変で、皆さんに伝えたい想いが伝わってきました。(長崎市/10代)

 

●2011年5月上旬、今後のボランティアをどうしていくか?と事前に仙台に入り翌年の3月からボランティアに入りました。見てきたもの、感じてきたこと、これからも伝えていく。とても大事なことです。これからも続けてください。(長崎市/60代)

 

●とても多くの「声」に触れることができました。ありがとうございました。言語化することはとても大変なことだと思います。それを長崎まで届けてくださり私のこれまでを振りかえることができました。13年と言う年月の中で東北の方々が行動し生活されてきたことが伝わってきました。(私の想像以上だと思いますが)一人の大人として、私も伝えていきたいと改めて考えることができました。ありがとうございました。(大村市/30代)

 

●仙台に住む息子から教えてもらってきました。まさに未曽有の大震災、私は忘れせん。復興のすごさ、強さ、皆さんの強い絆を感じます。この企画にありがとうございます。感謝!(諫早市/70代)

 

●同じ国に住んでいて、他人事のように思っていましたが大変なことでしたね。今もまだ同じようなことが起きていますが、私も何か出来ることはないか考えてみたいと思います。(長崎市/60代)

 

●家族ときました。今回、座談会という貴重なお話を聞くことができて本当にありがたい気持ちでした。震災当時3歳だった自分が成長して、考え方も変わって、パネルや話を聞いて改めて考えさせられました。また、東北に行きたいです。(大村市/10代)

 

●震災当時私はまだ大学生でした。当時は九州に居ましたが、ただ事ではない様子はテレビを通じてみたり聴いたりしていたのを今でも覚えています。今後も東北のチカラになりたいと思います。(長崎市/30代)

 

●展示を通して、住んでいる場所や経験に関わらず、たくさんの人と思いを通わせ合っている気持ちになりました。共感と想像を引き出し、未来へつなげるチカラを広げてくれていると感じます。いつの時代も私たちはともにいろいろなことを経験しそして一緒に乗り越えて生きてきたんだと、長崎を訪れて思いを抱きました。ありがとうございました。(長崎県外/40代)

 

●同じ目線で時の過ぎる様子、テレビでみるのと違って、すごくじーんときました。今から帰って黙とうします。(長崎市/70代)

 

●定点撮影は変化が分かりやすいですね。ごはん、毎日誰もが必要とするものへの視点に、身近に感じられました。いつか知りたいことが目の前にあります。情報を発信してくれてありがとうございます。(長崎県外/50代)

 

●こんな企画をしていたなんて気づかず、もっと早めに知っていたら子どもたちと一緒に来たかったです。学校でも3・11にこの災害のことを学んだと言っておりました。一瞬のことで全てが変わってしまうからこそ、今を大切に生きていきたいと日々感謝しながら生活しております。(長崎市/30代)

 

●こんなに残しておいてくださりありがとうございます。宮城出身であまりいつらく目をそむけたり何もできない歯がゆさでいっぱいだった日々でした。また改めて見ていろんな面で頑張らなきゃと考えさせられました。(長崎市/60代)

 

●普段の日常がどれだけありがたいか、改めて実感した。(諫早市/30代)

 

●定点撮影を見て、2011の時と2022の時を見比べて、似た者もあったけど、全く違うように見えたものもあって、こんなに変わるんだな、違うんだなと思った。こういう写真は残すべき!!(長崎市/10代)

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このほかにも、会場でたくさんの声をいただきました。

ご来場いただきましたみなさま、本当にありがとうございました。

 

長崎では、震災翌年の2012年の3月11日から、地震発生時刻の14:46に【祈りのサイレン】が鳴り、小中学校高校などでも黙とうをささげてくれていると長崎の子どもたちに教えてもらいました。ありがとう🌱 

 

<お詫び>

現在、調整中につきイベント情報や会期中の様子は、以下リンクより覗いてみてください。

“しっぽのひと役”やってます。

 

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◇情報をお寄せください。◇

 

2012年に「キヲクのキロク」パネル展が全国110か所開催に先駆けて、長崎で開催されました。

開催関係者の方やご来場者の当時の思いを伺いたいと思っています。

当時関わられた方、パネル展を見たよ、という方こちらからご一報ください。

*ホームページ「お問い合わせ」に移行します。

 

❶2012年1月16日~2月末:諫早市内にて開催 イベント名など情報がありません。 

201249日〜425日:長崎市市役所内にて開催 

 

どうぞよろしくお願いいたします。